ヒデキ・マツイ、早く!
今日は仕事以外のことで久々に嬉しいニュースがあった。松井秀喜のレイズ(3A)との契約が成立する見込みとのこと。そろそろ日本球界に戻って来たら?との話には見向きもせず、じっとオファーを待ち続けていた。松井ほどの選手がこの状況である。大リーグ界の何と厳しいことか。自分の夢というか、納得のいく生き方しかできないのだろう。妥協は許されない、妥協しないためには、時には孤独にじっと耐えることが必要なのだ。
何とか契約して、またプレーを見せてもらいたい。何度となく彼のプレーを見て勇気をもらったか数知れない。彼がいたから野球を好きでいたといってもいい。素晴らしい、誇らしいプレーをしても、満面の笑顔を浮かべることはない。それは、決して現状には満足しない、すぐさま上を目指し続ける彼の理想の高さを示していると思う。いつまでも高みを目指してほしい。
一日も早く、ゴッジーラのプレーを見たいものだ。
随分ご無沙汰してしまった!
これこそ三日坊主の最たるものだろう。なんと5か月もブログを書かなかった。facebookの面白みを追求しようと、しばらくfacebookばかり使い続けていた。ブログを続けるには気力が必要だ。人の目に触れることがあるかもしれないが、自分の備忘録的につづっていくこととしよう。
週末10月9日(日)はシビックプライド会議(第1回)(http://civicpridelog.blogspot.com/)に参加。先ずは英国のマイク・ローリンソン氏(シビックプライド元祖)による基礎的なレクチャーで頭の体操。その後、三浦展氏の「シェア」がこれからの日本の価値観を引っ張るお話で頭を柔らかくする。シェアは今後の成熟縮小社会、コンパクトシティの価値観に合いそうだ。その後の午後の事例紹介は各プレゼンテーターが10分ずつ各自の取組みについて説明。
ここで、私に対して光を放っていたのは、韓亜由美氏による新宿南口の仮囲いを「人」と「メッセージ」でデザインした修景プロジェクト(http://www.japandesign.ne.jp/HTM/DCG/CURATOR/han/4.html)と、西村浩氏の佐賀でのコンテナプロジェクト(http://www.waiwai-saga.jp/about/)。どちらも一般の人がプログラムに参画し、都市空間を変質していく意味で非常にインパクトがあった。目に見えるものは分かりやすいし、メッセージとしても伝わりやすい。更に、プロジェクトがその場のものに終わらず、普遍性を兼ね備えたモデルをもち、継続する可能性があることが感じられて良い。仮囲いプロジェクトは今後の渋谷の再開発による仮囲いの風景の参考になるし、コンテナプロジェクトは市民と地域(商店街)をコンテナ(空間、プログラム)が結び付ける図式がshibuya1000での地域とクリエイターを結び付けるの参考になる。
2011年5月8日
今日の午前中はマンションの総会に出席した。一通りの議案採決が終わった後、自由質疑となり、3.11後のマンション管理についてが問題となった。災害時の水の調達、トイレ、情報共有についてが懸案となった。特に情報共有については改善したいが、問題は多い。個人同士のつながりが必ずしも多くない世帯も多いマンションでは、掲示板のみに頼る世帯がある。普段から近所づきあいのある世帯はよいが、共働き世帯など、つきあいがほとんどない世帯は、緊急時には情報をなかなか得られず、不安な思いをすることがあるようだ。フェイスブック、ツイッター、SNSなどのソーシャルメディアを活用したシステムの構築が必要になりそうだ。
午後は元住吉のブレーメン通りで昼食用のパンと夕食用の素材を買い出し。5月22日(日)には、ブレーメン通りで東北物産祭りが開かれるとのことで、是非来てみたい。夕食は餃子にした。暮らしの役立ちワザ辞典なものに、おいしい餃子の作り方が出ていて試してみた。熱湯を餃子の半分がかくれるくらいフライパンに入れ、3分間強火にする。余った湯を捨てて、水分が蒸発した後に油を敷いて、1分30秒、強火で焼く。中の肉によく熱が通り、おいしく仕上がる。油は多めに敷いておくと、フライパンにくっつかなくてよい。
夕食後は「THE Coffee Lounge DAY & NIGHT」を聞き、ドイツ語学習にいそしむ。あと、一芸のため、ハーモニカ再開を決める。
3.11 渋谷の様子
コンビニ
当日は本郷で内藤廣先生の最終講義があったため、そこから渋谷まで徒歩で3時間あまりかけて帰ってきた。既に会社に泊まりこむ覚悟でいた私は、渋谷1丁目のセブンイレブンに立寄った。この時、時間は20時くらいになっていた。既にパンなどは売り切れ。アルコールもごくわずかであった。集団で泊り込む準備と思しきサラリーマンが、ビールを大量に買い込んでいた。レジ前から売り場まで、商品を抱える人たちの大行列であった。
オフィス
20時すぎにオフィスに戻ると、数名の社員が大会議室のテレビ前で、被災状況を見入っていた。会社に残っている人は、徒歩圏外といえる、横浜市あざみ野、埼玉の所沢などにお住まいの方々であった。会社には防災用の備蓄はなく、個人で水、食料を準備しなければならないと総務部長から教えられた。会社規模が小さいところは当たり前のことかもしれない。今回は停電を免れたからいいが、会社にいつ泊まってもいいように、寝袋は常備しておくべきだと思った。夜は暖房をつけていても眠るにしては寒かった。
渋谷駅
・23時ごろ、一部私鉄が動き出し、私を含めて3人を残し、それ以外の方々は帰宅の途についた。Sさんによると、井の頭線渋谷駅入口は数十メートルの行列であったとのことだが、パニックに陥ることなく、皆礼儀正しく並んでいたとのことである。渋谷駅改札前から30分くらいかけて、ようやく乗車できたとのこと。
・銀座線で赤坂見附から渋谷駅目指して乗車してきたWさんは、渋谷駅が大混雑しているとのことで、手前の表参道駅で降ろされた。そこから歩いて西武新宿へ向かい、西武線に無事乗車して帰宅した。
・知り合いのNさんは、霞ヶ関から渋谷まで歩き、9時半頃、田園調布行きのバスに乗るため長蛇の列に並んだ。バス停、行き先がよく分からない中、近くの人で声を掛け合い、情報を交換し合うなど、パニックに陥ることなく助け合うことで、正しいバスに乗ることができた。日本人のやさしさ、助け合いの精神を感じる瞬間だったとのこと。
・井の頭線とほぼ同じ頃に運転再開した田園都市線には比較的スムーズに乗車できたようだ。
・電車は終夜運転だったが、地元(川崎市)が停電と聞いていたので、明るくなってから帰ろうと、朝7時過ぎに会社を出た。電車は短い間隔(5分だったか?)で各駅停車が出ていたが、比較的混んでいて座ることが出来なかった。きっと帰宅せずに会社や飲み屋で朝まで過ごした人が多かったのだろう。ちなみに、当日東京都心に出てきていた昼間人口1000万人のうち、700万人が帰宅、300万人は都心に残っていたらしい。
このような今後のためにも貴重な機会を写真で記録しておくべきだった。
3.11 私の体験 その1
3.11の状況がどうだったか?東京で何が起こっていたかを記述するために、皆が体験した情報を集める必要がある。
私の体験を簡単に記述してみる。
私は内藤先生の最終講義を聴講するため、同じ会社のRさんと本郷に向かっていた。南北線の永田町駅で大地震発生。地下深い場所で、ホーム、電車が大きく揺れた。柱につかまっている人もいた。特に悲鳴を上げる人もなく、パニックに陥る状況ではなかった。地震がおさまらない中、これも最終講義に向かうUさんと会う。永田町なので安全だ!と思うことはあまりなく、地下深くにいたことで、生き埋めになることが頭をかすめた。電車の運行再開がいつになるかも分からず、このまま最終講義に遅れてはならないと思い、Rさん、Uさんとともに、地上に向かう。周囲は我先に!と急ぐ様子もなく、落ち着いて地上に出ることができた。
地上には建物内から出てきた人ですでにあふれてつつあった。タクシーを捕まえようとするが、どんどん割り込んでいく人がいる。何人かも割り込まれたが、数台逃した後で、何とか捕まえることができた。三宅坂、内堀通りを通り、神田へ。途中、皇居前のホテル現場ではタワークレーンが揺れていた。現場作業員が全員前の広場に出てきていて異様な雰囲気であった。
神田川の橋上で信号につかまる。上部には首都高が走っているが、ここでもまた地震。トラックがジャンプするかのように揺れている。ここで首都高が落ちてきて圧死か?という思い一瞬よぎる。信号が長く感じられる。右を見ればガラス張りのビルが、ガラスがいまにも割れそうなくらいにたわんでいる。沢山の人が、あのビルは大丈夫か?と騒ぎながら見ている様子がうかがえる。神田中心地区では、ヘルメットをかぶっている人が多くいた。道路中央で、万が一のガラス飛散に備える人もいた。
東京医科歯科大学では、既に使われていない校舎だろうか、ところどころガラスが割れている。お茶の水駅前は人だかりがしていて身動きがとれなさそうな様子であった。
本郷に入ると、水道管が破裂したのであろうか、左側で水が噴き出している。最終講義開始時間の3時30分になろうか、という時に、ツイッターで最終講義の中止が伝えられた。
プロ野球
私はプロ野球の大ファンである。いつもは開幕が楽しみな時期なのだが、今は少々落胆している。江川問題でも巨人ファンから離れなかった私だが、今回の巨人関係者からの発言には耳を疑う。
セ・リーグの開幕に向けた強行な姿勢は、経営的な観点からばかり考えたもので、社会的な観点が存在していない。「野球をすることで国民を元気づける!」これはもっともそうに聞こえるが、経営者の損得勘定が優先しているようにしか聞こえない。
新井選手会長の意見が国民感情を代表している。野球をして元気づけるのはよいが、パ・リーグの事情、電力事情を考慮し、12球団足並みを揃えて開幕すべきではないか。その方がもっと国民全体が盛り上げに気持ち良く参加してくれるはずだ。
この寒さで今年は桜の開花も遅くなりそう。 もう少し先行き不安な状態が解消されそうな4月12日、この日から皆で一気に盛り上がりましょう。
復興のために
3月11日に発生した未曾有の東北地方太平洋沖地震。被災された方、お亡くなりになった方、またご親族の方には心からお見舞い申し上げ、被災地の一日も早い復興をお祈りしたい。
都市計画・まちづくりに携わるプロとしての立場から、また一個人の立場からボランタリーな形で何ができるかを考えている。プロとしては何かしらの復興プランづくりに関わること、またはそのサーベイ。ボランタリーとしては義援金・物資提供など。
ご意見番ばかりの話がメディアでは目立っていて、災害にどのように対応すればよいか判断できる人がいないとの社説が出ていた。全ては現場を見ることから始まるのだと思う。
あるプロジェクトで知り合った方からお電話があった。明日から被災地支援に行くのだという。期間は10日以上、1ヶ月くらいになるとおっしゃっていた。声には悲壮感よりも決意がみなぎっていたように思う。
私も早く現地に行きたい。